機械学習と試料面内回転を用いた新デコンボリューション法の開発
研究背景
X線顕微鏡は非常に有力は顕微手法であるが,波長の短いX線を用いるにもかかわらず,実際の空間分解能は50~100nm程度と期待されるほどの分解能には到達できていない.この原因は,高分解能を達成できるX線レンズ(回折レンズや反射レンズなど)の開発が作製精度の不足により困難を極めるからである.これは光の波長に比例して必要な作製精度の実現が厳しくなることが根底にあり,X線用レンズは可視光用レンズよりも1000倍作製が難しいとされている.このため最先端X線レンズの開発には多額のコストと長い作製期間が必要であり,また,コストと労力を惜しまず作製したとしてもそもそも完璧なX線レンズの作製は現代の技術力をもってしてもほとんど不可能である.
試料面内回転を用いた新デコンボリューション法の開発
この問題を解決するため,レンズ由来のボケを試料像から分離する手法を提案した(上図,Blind deconvolution using microscope images of an in-plane rotating sample, IRS-BD).本手法では,試料を面内回転させながら撮影した複数の顕微鏡像を使う.ボケはレンズ由来であるため,試料を回転させてもボケの形は回転しない.このようにすると,試料とボケの相対的な関係性が変化するため,試料とボケのそれぞれの情報(振幅と位相)を分離して決定できる.
一方で,試料を面内回転すると,回転ステージの運動誤差(芯ブレと面ブレ)で,試料の位置は不規則にずれる.このような実験誤差を持つ顕微鏡像から正確にボケを分離して決定することは,通常用いられる数式ベースのアルゴリズムでは非常に困難である.このような顕微鏡像に対しても安定して再構成できる手法として,AI技術を駆使した手法(物理拘束条件を持つニューラルネットワーク)を開発した(下図).本手法では,推定したい様々な情報に特化した複数の生成AI(ニューラルネットワーク)を用いる.これを使って,試料の複素透過関数(振幅像と位相像),レンズの透過率分布と波面収差,さらには、実験誤差(回転ステージの芯ブレと面ブレ)を推定させた.一方で,これだけの情報を正確に推定するためにはヒントが少なすぎる.これを補うために,物理拘束条件(「推定した情報を元にコンピュータ内で仮想的な結像実験を行い,これが実際の実験結果と一致しなければならない」)を生成AIに課した.
SPring-8にて開発したX線反射レンズ(Advanced Kirkpatrick-Baezミラー)を搭載したX線顕微鏡を使って,本手法の実証実験を実施した.意図的に導入した波面収差を持つ反射レンズに対して,試料面内回転を行い,複数の顕微鏡像をX線カメラにて記録した.AIを使って再構成を行ったところ,ボケが取り除かれた高精細な試料像を得ることができた(下図).また,分離したボケは,理想的なレンズから得られるボケとは異なったいびつな形をしており,これを詳細に解析すればレンズの作製誤差(波面収差)を診断することもできる.試料像のエッジから空間分解能を評価したところ,34nmであり,非常に高い分解能を有していた.
研究成果の一例(論文・解説記事)
Sci. Rep. に発表した論文のSupplementary Moviesの補足(Expert向けの情報)
Sci. Rep. の論文にSupplementary動画が掲載されているが,なぜか解像度が悪いので,ここに掲載しておく.
Supplementary Movie S1
Supplementary Movie S2
Supplementary Movie S3