アダプティブX線顕微鏡の開発
圧電単結晶を使った高精度形状可変ミラーの開発
通常のX線用の形状可変ミラーは,ミラー基板(シリコン単結晶基板や合成石英基板など)上に,PZT(圧電セラミックス)を接着して作製する.電圧印加によるPZTの伸び縮みがミラー基板を変形させる.しかし,このタイプのミラーには3つの問題がある.1つ目は,PZT自身が持つ変形ドリフトとヒステリシスである.PZTは非常に複雑な分極構造を持ち,その結果,変形が安定せず(変形ドリフト),また,電圧と変形の関係にヒステリシスを持つ.このような形状可変ミラーの制御は難しく,長期安定性を必要とするアプリケーションには不向きである.2つ目として,バイモルフ構造は大きな変形は得意であるが,高空間周波数の形状制御は不得意である点である.バイモルフ構造では,曲げモーメントを使って変形させるため,電圧と曲率が比例関係にあり,高空間周波数を持つ山を作り出すためには,大きな電圧が必要となる.3つ目は,接着剤である.接着剤を使った接合は,温度や湿度の変化に敏感で,形状を不安定にする.また,高真空が必要な実験ではアウトガスが問題となる.
以上の問題を解決し,超高精度な形状可変ミラーを実現するために,これまでとは全く異なる新しい形状可変ミラーを提案した.ミラー基板としてニオブ酸リチウム単結晶を用いた.この材料は圧電体であるため,電圧印加によってPZTのように伸縮することができる.また,単結晶であるため,その表面を超平滑化できるため,これをそのままX線の反射面として利用することができる.これによって,これまでは,X線の反射を担う部分と変形の駆動源を別々に用意していたが,これを1つにした接着不使用のモノリシック形状可変ミラーを実現した.また,形状可変ミラーの構造を従来型バイモルフミラーからSurface-normal駆動型に変更した.バイモルフ型では,圧電素子は反射面に並行に伸縮していたが,Surface-normal駆動型では反射面に垂直に伸縮する.これによって,高空間周波数の形状を低い電圧でも作りやすくなった.これ以外にも提案した形状可変ミラーには面白い特性がある.ニオブ酸リチウム単結晶は,一様なシングルドメイン構造を持つため,PZTで問題になったドリフトやヒステリシスが生じないことが期待される.また,PZTよりもキュリー温度が高いため(1000℃以上),高温環境下でも駆動させることができる.PZTのキュリー温度が200~300℃であることを考えると,非常に使いやすい.
試作した新型形状可変ミラーの性能をSPring-8に構築したX線干渉計を使って評価した.下図は計測されたX線波面の変化をミラー形状の変化に変換しプロットしたグラフである.上段はミラー中央の1電極に電圧を印加後,7時間にわたって変位の変化を測定した結果である.0.17nmの精度で安定しており,ニオブ酸リチウム由来のドリフト現象は観察されなかった.さらに,下段は電圧を変化させながらその変位をプロットしたグラフである.電圧と変位の関係が線形であり,ヒステリシスは0.06nm以下と非線形性はほとんど見られなかった.このように提案した形状可変ミラーは超高精度かつ良制御性を持つため,精密な実験が求められる高度なX線光学実験(高分解能X線顕微鏡や極限集光光学系)に最適である.
アダプティブX線顕微鏡のファーストデモ実験
開発した形状可変ミラーを既存のX線顕微鏡に組み込み,アダプティブX線顕微鏡の実現可能性をSPring-8にてテストした(上図).今回は実証実験であるため,X線反射レンズにおける横結像用WolterⅢ型ミラーの楕円凹ミラーを新型形状可変ミラーに置き換えた(詳細は論文参照).縦結像用WolterⅠ型ミラーは既存のものをそのまま使用しているため縦方向の波面修正はできない.波面収差を補正するために形状可変ミラーに最適な電圧を印加したところ,上図(左)に示すように波面収差を修正することができ,これはミラー上の形状誤差に換算すると0.67nmに相当する.非常に高い精度で波面収差を補正できることを実証できた.
この反射レンズを使ってX線顕微鏡像のテストチャートの観察を行った.上図に示すように解像度をさらに高精細に修正することができた.アダプティブX線顕微鏡はこれまでいずれの施設でも実現できておらず,今回初めて実証することができた.現在は,さらに高い分解能を持つアダプティブX線顕微鏡を開発中である.